2023年、NHK大河ドラマ『どうする家康』の主人公となったことでも注目を浴びている徳川家康。塩瀬総本家の定番お菓子の1つ「本饅頭」が、この家康に深いゆかりを持つことをご存知でしょうか? 七代目・林宗二が創案した本饅頭ですが、徳川家康にまつわるこんなエピソードが伝わっています。徳川家康は仏に対し厚い信仰を持っていたことはよく知られていますが、戦の陣中でも念持仏を奉持していました。『江戸叢書 十方庵遊歴雑記』によれば1615年、大阪夏の陣の際に家康軍が戦った際、どこからか黒い鎧を着た法師武者が現れ、獅子奮迅の働きで敵を蹴散らした。無事勝利をおさめてのち、「あの武者は誰か」と聞いても誰も知るものがいない。そこで念持仏をおさめた御簾を開けてみれば全身が発熱して汗が流れ、鉄砲を受けた傷がある。これは御仏が加勢してくれたのかと感涙にむせび、何かご供養の品はないかと探したところ、戦場ゆえ適したものがない。傍らに塩瀬が献上した本饅頭があり、兜の上に持って供えた……この逸話から、本饅頭は「兜饅頭」とも呼ばれているのです。(塩瀬においては長篠の戦いでも本饅頭を献上していたと伝わっています)
この本饅頭、ご存知ない方は「餡だけ?」と思うかもしれません。しかしこちら、しっかりと皮に包まれた“饅頭”なのです。餡は塩瀬総本家自慢のこし餡に、3日間じっくりと時間をかけて蜜煮した大納言を混ぜたもの。蒸し上げたときにこの大納言がボツボツと見える姿が鉄鋳物のよう。そこからも「兜饅頭」とも呼ばれるようになったいきさつが伺えます。
大粒の大納言の存在感がポイントとも言えますが、実はこの大納言、加工にもこだわりがあります。3日間の蜜煮する中で、火入れを調整することで口に入ったときの大納言の食感を絶妙な固さに調整し、歯ざわりとこし餡の滑らかさ、双方のバランスが取れるよう、口あたりの良さを追求しているのです。
さらに、本饅頭の最大の特徴は蒸し上がるとほぼ透明になってしまうくらい極薄の皮。この皮に包まれているからこそ、餡が溶けることなく、饅頭の形を保ったまま蒸し上げることができるのです。本饅頭づくりは、とても柔らかな生地を指先ほどの大きさに切り、薄く伸ばしながら餡を包んでいきます。皮を破ることなく、手早く均一に餡を包んでいくこの作業はベテランの職人が担当。和菓子作りの修行を積まないと挑戦すら難しい、まさに「職人の技」です。すべてを手作業で行うため作る数に限界があり、これこそまさに限定品ということができます。
500年以上もの長い期間、多くの人に食され、その形を留めてきた本饅頭。徳川家康も大層好み、お留め菓子(当人のみが食べれるお菓子)としたという逸話が伝わっています。「これと同じものを歴史上の偉人も食べていた」と考えると、悠久の時間の流れをより実感できるのではないでしょうか? 茶道のお茶菓子としてもご利用いただく事が多い本饅頭ですが、苦味や渋味が少し強めの日本茶との相性が抜群です。ぜひお気に入りのお茶を用意し、歴史に思いを馳せながらご賞味いただければと思います。
参考:『江戸叢書 十方庵遊歴雑記』(江戸叢書刊行会)
『大本山増上寺史 本文編』(増上寺)
『略縁起 資料と研究』(勉誠出版)