塩瀬総本家について

塩瀬のこだわり

音更町は、小豆王国なり!

塩瀬のお饅頭の餡は、音更町の小豆を使用しています。
「音更町って、どこ?」と思われた方も、「北海道は、十勝平野のど真ん中に位置する町です」と答えたならば、だいたいの位置関係は想像できるはず。近くには、帯広市があります。

この十勝平野一帯は日本を代表する穀倉地帯で、音更町は小豆以外にも、ジャガイモ、小麦、などの畑作、玉葱、長芋などの野菜、そして酪農、畜産が盛んです。

さて、「小豆」です。
全国の生産量の80%を占めるほど、北海道における小豆の作付が多くなりました。その中で、十勝平野は中心的な産地になります。十勝平野では明治30年代後半から大正初期にかけて栽培が始まったようです。小豆は同じ畑での連作が出来ないので、広大な土地を有する北海道が産地に適しています。

今日までさまざまな改良が加えられた小豆ですが、音更町では「エリモショウズ」や「きたのおとめ」を2,000ヘクタール作付けしています。

音更町の小豆に、塩瀬のわざが加わって…

それでは、なぜ「小豆」を「あずき」と読むようになったのでしょうか。

それは、日本人が稲作民族だったことが関係しています。弥生時代の日本人にとって、満月の1月15日こそが1年の始まりでした。この日は、あらゆる作物の豊作を祈り、小豆粥を食しました。室町時代には、小豆粥が赤飯に変わったようです。

白い米に赤い色をつける小豆から、<あかつき→あずき>と転じたのではと言われています。赤という色は霊力の象徴、つまりは生命力のことだったのです。

さて、JAおとふけの方に、音更産小豆についてお話を伺いました。
「エリモショウズは、餡の風味が良いことから菓子職人に大変好まれているようです。音更産の小豆からできた餡やお菓子は大変美味しいと評判が良いと聞いています。その職人さんの期待にこたえられるような小豆を作りつづけていきたいですね」

その分、栽培にはかなり気を使っているようです。冷凍小豆や加工餡というものが、輸入されて価格に影響していますが、あくまで塩瀬では音更の小豆にこだわります。

豊作の小豆畑にお邪魔しました!

塩瀬のお饅頭の餡に使用する「小豆」は、この広大な音更町の小豆畑で作られています。2007年8月の北海道は好天に恵まれ豊作でした。今年も女将の川島英子と当主の川島一世は、JAおとふけを訪問し、塩瀬の命ともいえる「小豆」の出来栄えを確かめてまいりました。